交通事故

示談交渉にあたって注意すること

示談交渉にあたって注意すること

交通事故に遭ってしまった場合、ある時点で加害者から(もっと具体的には加害者の加入している保険会社から)示談の交渉をされることになります。なぜなら、事故の加害者としては、被害者との示談を成立させることができれば、刑事罰を受ける可能性が下がる上、被害者からの損害賠償請求をされないようにも示談の中で取り決めることができるというメリットがあるからです。
他方、被害者にとっても、示談が成立すれば、その事故を早く解決することができ、迅速にお金が受け取れるというメリットがあるので、決して悪い話ではありません。
しかし、示談交渉においてはいくつかの注意点があり、安易に加害者の保険会社からの示談を受け入れてしまうと、後々に困った事態になりかねません。
ここでは、交通事故における示談の概要と、示談交渉をするにあたって注意しなければならないことについて、説明します。

示談ってなに?

示談とは、事故の被害者と加害者が、話し合いによってその事故を解決することをいいます。
事故が起こった場合は、被害者には治療費や休業損害、さらには慰謝料など、様々な損害が発生します。加害者としては、もちろんこの被害者の損害を補填しなければなりません。
しかし、この損害の補填について、裁判所を通して被害者と加害者が全面的に争うことになってしまうと、事故の解決に時間がかかってしまうなど、被害者にとっても一定のデメリットが生じます。
そこで、事故の被害者としても、当事者での話し合いという示談による解決が、一つの選択肢となるわけです。

示談金について

その示談の際には、加害者から被害者に対して、示談金というお金が支払われることが通常です。
この示談金は、その内容としては、治療費や慰謝料などの被害者に発生する損害を全てひっくるめたお金ということになります。
なお、示談において、この加害者が支払う示談金をいくらにするのかについては、被害者と加害者が話し合いの中で自由に決めることができます。

示談交渉とは具体的な条件の交渉

示談交渉においては、このような示談金をいくらにするのか、また、その支払い方法はどうするか、さらに、示談金以外に項目についてどうするか等、様々な条件について交渉することになります。そして、被害者と加害者の保険会社とが、お互いにその内容に納得することができたら、示談書を作成し、それで解決となります。
となると、加害者の保険会社としては、自社の損失を避けるため1円でも支払うお金を減らしたいので、当然加害者に有利な条件を提示して、示談交渉に望んでくることが多くなります。保険会社の担当者によっては、被害者に圧倒的に不利な条件ばかりを提示した挙げ句、「あなたが丁重に対応してくれているので、今回だけ特別に限界まであなたに有利な条件にしてあります」と、言葉の上でだけ丁寧に交渉してくるようなことも多々あります。

示談交渉における基本姿勢

そこで、示談交渉をするにあたって、まず忘れてはならないのは、絶対に加害者側の保険会社の言うことを鵜呑みにしてはいけないということです。そして、かっとならずに常に冷静になって、「保険会社の言っていることは本当にそうなんだろうか?相場はいくらなんだろう?」と時間をかけて調べた上で、じっくり自分の頭で考えることが重要です。
とはいっても、なかなか自分だけでは相手の提示条件が妥当なのかはわからないことも多いでしょうし、相手の保険会社は示談交渉に慣れていますので、こちらが妥当な条件への変更を交渉しても、簡単に条件を引き下げることはしません。
そのような場合には、法的な交渉のプロである弁護士の手を借りることも、非常に有効な選択肢の1つです。
とにかく、どのような方法をとるにしても、示談交渉においては、「常に冷静に焦らずどっしりとした対応をするぞ」という心構えを持つことが最も大事なことであり、保険会社と対等に交渉するための絶対条件となります。

示談による解決の流れ

示談により交通事故を解決する場合のおおまかな流れは、次のようになります。

①交通事故の発生

交通事故が発生した場合、まずは必ずその現場から警察に連絡し、事故の状況を報告するようにします。また、併せて保険会社への連絡もしておきましょう。

②治療

ケガをしてしまった場合、入院や通院で治療をすることになります。その際の治療費や入院費用については、通常は、加害者側の保険会社に支払ってもらうことになります。

③ケガの完治・後遺障害の症状固定

ケガをしてしまった場合は、完治するまでしっかりと治療を続けます。
また、後遺障害が残ってしまった場合、これ以上治療を行なってもよくならないという「症状固定」になったと診断されるまで、治療を続けることが大切です。

(④後遺障害の場合、後遺障害の等級の認定を受ける)

後遺障害が残ってしまい、医師から症状固定の状態になったと判断されたら、後遺障害の等級の申請をします。この申請が認められると、後遺障害の等級の認定を受けることができます。

⑤示談交渉の開始

ケガの場合は上記③で完治してから、後遺障害がある場合は④の後遺障害の等級の認定を受けてから、加害者側の保険会社と示談交渉を開始することになります。

⑥示談の成立

示談が成立すると、示談書を作成します。

示談交渉を始めるべきタイミング

上記【示談金について】で説明したように、示談における示談金は、被害者に発生する損害を全部ひっくるめて支払われるお金です。ということは、いくらの示談金を受け取るべきなのかは、被害者が受けた損害が全部でいくらになるのかを計算できる時期にならないと、わからないわけです。
そこで、被害者が示談を始めるべきであるタイミングは、必然的にその損害が全部でいくらになるのかを具体的に計算できるようになった時期ということになります。
これをケースごとに分けると、次のようになります。

ケガをしてしまった場合

ケガをしてしまった場合、入院・通院にて治療をすることになりますが、その治療費や仕事を休まざるを得なかった休業損害が、被害者の損害として発生します。そして、これらの損害額が最終的にいくらになるのかについては、もう治療の必要はないという時点にならないとわかりません。
そこで、この場合には、交通事故によるケガが完治した時点で、損害額が全て判明するといえるので、その時点から示談交渉を始めるとよいでしょう。

後遺障害が残ってしまう場合

ケガをして後遺障害が残ってしまう場合にも、上記のケガだけの場合と同じように、入院・通院にて治療をすることになります。しかし、最終的に後遺障害が残る以上、完治という状態にはなりません。そこで、どの時点をもって、一応の治療が終了したとして、損害額が確定すると考えるのかが問題となります。
この点については、これ以上はケガの治療を行っても回復の見込みがない状態(これを「症状固定」といいます)になったと医師が判断した後に、後遺障害の等級の認定がされた時点であるとされています。
ですので、症状固定と診断されるまで治療を続けたら、その後に後遺障害の等級の申請を行い、その申請が認められて等級が決まった時点で、示談交渉を開始することになります。

後遺障害が残ってしまう場合には特別な注意が必要

後遺障害が残ってしまう場合、保険会社としては、できるだけ早く示談を成立させた方が支払う金額が少なくなる可能性があることから、「そろそろ症状固定の時期ですから、示談を始めましょう」と示談交渉の開始を促してくることがあります。 しかし、症状固定となったのかどうかは、医師が決めることであって、保険会社が決めることではありません。ですので、このような場合には、「医師から症状固定と診断されるまでは、示談交渉は一切しません」ときっぱりと断ることが大切です。 繰り返しになりますが、上記【示談交渉における基本姿勢】で説明した通り、示談交渉においては、加害者側の保険会社の言うことを考えなしに鵜呑みにすることは、絶対に避けましょう。

死亡してしまった場合

なお、死亡事故の場合は、亡くなられた後すぐに示談を始めることもできます。しかし、ご家族が突然亡くなったショックの中で、冷静に交渉できる人はまずいません。自分の中で事故を受け入れることなどできないかもしれませんが、少しでも落ち着きを取り戻してから開始するのがよいでしょう(もっとも、下記の通り、示談交渉にも期限があることに注意)。

【知っておきたい】 示談交渉にも期限がある

交通事故に遭ってしまった場合、被害者の加害者に対する損害賠償請求権は、人身事故では5年で時効となってしまいます。
つまり、この5年という期間を過ぎてしまうと、損害賠償請求をすることができなくなってしまいます。
そこで、この損害賠償金を含む示談金の交渉についても、これ以降はできなくなってしまう可能性があるので、注意が必要です。

示談金の計算に用いられる基準

示談交渉における示談金の金額を決める基準は、実は1つではありません。実際の示談交渉の場で使用されているものとしては、次の3種類の基準があります。

①自賠責基準

自賠責基準とは、車を運転する人全員が加入を義務付けられている自賠責保険において、その中で定められている損害額を計算する基準のことをいいます。自賠責保険について規定している自動車損害賠償保障法が、そもそも最低限の補償をすることを目的としているため、この①自賠責基準で計算される損害額についても、最低限の金額となります。

②任意保険基準

任意保険基準とは、車を運転する人が任意で加入している自動車保険において、その保険会社ごとに独自に定めている損害額の計算の基準をいいます。この②任意保険基準によって、被害者の受けた損害額を計算した場合には、①自賠責基準よりは高額になりますが、③裁判所・弁護士基準よりも低い金額となることが通常です。

③裁判所・弁護士基準

裁判所・弁護士基準とは、過去の判例や裁判例に基づいて、被害者の受けた損害額を計算する基準のことをいいます。この裁判所・弁護士基準で計算した場合、損害額は最も高額になるため、受け取ることができる示談金も最も多くなります。

裁判所・弁護士基準で計算した金額で示談したいけれど…

このように、①〜③の基準によって、受け取ることのできる示談金の金額に差が生じます。となると、示談交渉においては、加害者側の保険会社は、まずは①自賠責基準や②任意保険基準によって損害額を計算した示談内容を提示してきます。
しかしながら、被害者の方としては、当然、③裁判所・弁護士基準で計算した金額で示談を成立させたいので、③裁判所・弁護士基準で計算し直した金額に修正してもらえるよう交渉することになります。 ただ、保険会社の担当者は、このような交渉を日常的に行なっているプロなので、そう簡単には譲りません。もっと言えば、ここで③裁判所・弁護士基準への変更をさせないことが、彼らの社内での実力評価につながるので、被害者の方が直接交渉しても、このような本来認められるべき適正な示談金額への変更はなかなか難しいのが現実です。
もっとも、弁護士に示談交渉を依頼すれば、弁護士は③裁判所・弁護士基準へ計算基準を変更する交渉のプロですので、この変更をしてもらえる可能性は上がります(交渉が決裂した場合には、裁判にて③裁判所・弁護士基準での計算を主張することになります)。

示談にやり直しはきかない

示談は、法的には和解契約というものに該当します。つまり、これはあくまで契約ですので、一度成立してしまうと、基本的には相手方の同意がない限り、取り消しをしたり撤回をすることはできません。
ですので、示談が成立した後に、他にも請求できる損害があったことが判明した場合や、別の基準で計算し直したらもっと高額の示談金が受け取れたことがわかった場合であっても、示談で成立した金額以上の請求をすることはできません。
だからこそ、示談をする際には、常に冷静な状態で自分自身の頭で考え、相手方の保険会社の意見に惑わされず、自ら客観的に判断する必要があります。とはいっても、これはなかなか難しいことですので、できれば専門家である弁護士に示談交渉自体を任せ、示談の内容に漏れや自分に不利な点がないことをきちんと確認してもらった上で、示談を成立させることをおすすめします。