すべてを相続させる遺言と債務・遺留分

すべてを相続させる遺言と債務・遺留分

事例

 
(1)被相続人が、「すべての遺産を妻に相続させる」という遺言をのこして亡くなった。
(2)被相続人には、妻、長男、二男の三人の相続人がいる。
(3)遺産としては、次の内容がある。

ア 土地 2800万円
イ 預金  500万円

(4)他方で、被相続人にはA銀行から300万円の借金があった。

このような事例の場合、借金300万円は最終的にだれが負担することになるのか、また長男や二男は、このような遺言によってどれだけの遺留分を侵害されたことになるのでしょうか。

まず、A銀行に対する借金の返済債務は、可分債務(分けることができる債務)ですので、相続開始と同時に相続人全員がその法定相続分に応じて、その返済債務を負担することになるというのが原則です。したがって、妻は150万円、長男・二男は各々75万円の返済債務を負担することになります。

ただ、事例のような遺言がある場合、遺産のすべてを妻に相続させるということは、通常、積極財産(プラス財産)だけではなく消極財産(マイナス財産)もその相続人に相続させるというのが被相続人の意思であると考えられます。

そこで、判例は、このような遺言が遺された場合には、その遺言は、妻の相続分を全部と指定し、その遺産分割の方法を指定したものだと解し、遺産全部の権利が妻に移転するとともに、妻が300万円の借金もすべて負担すると判断しています(最高裁平成21年3月24日)。

ただ、これは相続人間でのことで、債権者Aとの関係では、原則どおり各相続人が法定相続分に応じて債務を負担しますので、債権者Aは妻だけではなく長男や二男に対してそれぞれ75万円の返済を求めることができ、長男や二男はこの返済債務を免れることはできません(なお、債権者Aのほうから、妻が債務のすべてを承継したことを認め、妻に対して300万円全額の返済を求めることはできるとされています-上記最高裁判決)。

整理しますと、事例の場合、債権者Aは、法定相続分に応じて、妻に対して150万円、長男・二男に対して各々75万円の返済を求めることができます。そして、長男・二男がこの請求に応じてAに対して各々75万円を支払ったときは、長男・二男は、妻に対して、自らAに支払った各75万円の返還を求めることができるということになります。

それでは、次に、遺言によってプラス財産を全くもらえないことになった長男や二男は、妻に対してどれだけの遺留分減殺請求ができるのでしょうか。

(1)すでにご説明しましたように、長男の遺留分割合は1/8で、遺留分の基礎となる財産の額は、2800万円+500万円-300万円=3000万円ですので、長男の遺留分額は、

 3000万円×1/8=375万円となります。

(2)したがって、長男は375万円相当額の遺留分を侵害されたことになるのですが、問題は借金債務です。この点、特定(・・)の(・)遺産を妻に相続させるという遺言の場合には、妻が債務のすべてを負担することはなく、長男も法定相続分に応じた債務を負担しますので、この負担額を加算した、

375万円+75万円=450万円が侵害額となります(「遺留分の具体的算定例Ⅲ」を参考にしてください)。

(3)これに対して、事例のように「すべて(・・・)を(・)相続させる」という遺言の場合には、2でご説明しましたとおり、妻が最終的にすべての債務を負担することになり長男は最終的には債務を負担することはないわけですので、これを加算して遺留分侵害額を算出することは相当ではありません。

したがって、長男は、450万円ではなく375万円分について、妻に対して遺留分減殺請求をすることになります(上記最高裁判決)。

なお、債権者Aは、長男に対して300万円のうちの75万円についてその返済を求めることができ、長男がこれに応じて75万円をAに支払ったとしましても、375万円にこの75万円を加えた450万円について遺留分減殺請求することはできず、遺留分減殺請求額はあくまでも375万円だとされています(上記最高裁判決)。75万円については、別途妻に不当利得として返還請求することになります。