捨て印について

捨て印について

1 捨印というものをご存知でしょうか。

あらかじめ押す訂正印で、自分の手を離れた後の訂正を認めるものです。

訂正印で訂正する場合,微細な訂正でも、訂正個所に訂正印を押さなければなりませんので,訂正後に必ずその証書等を確認することとなります。訂正印の無い修正は無効ですし、文書そのものの有効性が損なわれることも考えられます。

しかし、訂正の都度,文書を交換・送付などして訂正印を押すのは煩雑ですし、状況によっては日数や時間も要するなど効率も悪く、迅速な処理の妨げとなってしまいます。

そこで、記載内容に訂正箇所があれば,相手に断ることなく「〇字挿入」とか「〇字訂正」などの訂正することを認める趣旨で捨印を押すのです。

2 捨印は訂正印と同じような意味なのですが、訂正印が実際に間違えた場所に線を引いて印を押して「訂正」とするのに対して捨印は欄外の捨印が押してある箇所の近くに一筆添えるだけで訂正ができてしまうものなので,知らない間に,書き足されて重い責任を負わされるという事態も考えられます。

捨印の効力については,最高裁でも判断がされており(昭和53年10月6日判決),この事案では,遅延損害金の項目が捨印を押した際には空白であったにもかかわらず,その後に年3割とすると記載を変えることについての是非が問われました。

判決では,「いわゆる捨印が押捺されていても,捨印がある限り債権者においていかなる条項をも記入できるというものではなく,その記入を債権者に委ねたような特段の事情のない限り,債権者がこれに加入の形式で補充したからといって当然にその補充にかかる条項について当事者間に合意が成立したとみることはできない」と判示し,年3割という加入を認めなかった原審を支持しています。

捨印での訂正は,捨印を押した者の合理的な意思解釈,つまり,どの範囲で相手方に訂正を認めるかの問題となります。当事者間の合意の重要部分―例えば,売買契約における金額や賃貸借契約の期間など―については,その意味・内容を変えるような捨印での訂正は基本的に認められず,誤字・脱字・書き損じなど,一見して軽微かつ明白な誤謬箇所を訂正する権限を与えたものとみるのが妥当と思われます。

上記の最高裁判決は,そのような常識的な観点に沿うものであり,捨印さえもらっておけば,後は文書の所持人がどのようにも訂正できるといった安易な運用に警鐘を鳴らすものと言えます。

3 捨印を押す方も,その捨印がどのような目的で使用されるのかを注意して頂く一方で,捨印を貰う方についても,契約の内容の変更と思われる恐れがあるような事項の訂正については,捨印での訂正ではなく,改めて書面を作成するか,その場所を指示し、これを変更した旨を付記してそこに署名し、かつ、その変更の場所に印を押すという厳重な方法での訂正をお勧めいたします。