抵当権に基づく妨害排除

抵当権に基づく妨害排除

賃借して入居しているビルの抵当権者である金融機関から、ビルを明渡すよう求められた場合、金融機関に明渡さなければならないのでしょうか。また、ビルの明け渡しを受ける金融機関は、併せて損害賠償請求をすることができるでしょうか。今回は、このような事案について裁判例をご紹介したいと思います。

まず、明け渡しについては、抵当不動産(抵当権が設定された不動産)の占有者の占有理由によって、結論は異なります。

例えば、抵当不動産を不法占有する者については、「不法占有によって抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ、抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難になるような状態があるときは、抵当権者は、占有者に対し、抵当権に基づく妨害排除請求として、上記状態の排除を求めることができる」(最高裁平成11年11月24日判決)とされています。

つまり、たとえ不法占有者であっても、抵当権者は原則としてその占有者に対して明け渡しを請求することは認められません。これは、抵当権という担保権が抵当不動産の交換価値を把握するだけで、不動産の使用収益価値を把握するものではないからです。

これに対し、冒頭の賃貸借など、抵当不動産を占有する権利がある者に対する明け渡し請求はどうでしょうか。この点につき、判例(最高裁平成17年3月10日判決、以下「平成17年判決」と言います。)は、「その占有権原の設定に抵当権の実行としての競売手続を妨害する目的が認められ、その占有により抵当不動産の交換価値の実現が妨げられて抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難になるような状態があるときは、抵当権者は、当該占有者に対し、抵当権に基づく妨害排除請求として、上記状態の排除を求めることができる」としました。さらに、「抵当不動産の所有者において抵当権に対する侵害が生じないように抵当不動産を適切に維持管理することが期待できない場合」には、抵当権者による自己への抵当不動産の明け渡し請求が認められると判断しています。

このように、①抵当権者による優先弁済権行使の困難であり、かつ②手続妨害目的で占有権原が設定されたと認められる場合には、抵当不動産を占有する権利がある者に対する明け渡し請求が認められることになります。もっとも、この平成17年判決の事案は、抵当不動産の賃貸人と賃借人がグループ会社のような関係で、高額の敷金設定がされ賃料も適正賃料を大幅に下回る事案でしたので、②の要件が容易に認められるものでした。ですから、冒頭の事例については、このような①・②の要件を充足していなければ、ビルを金融機関に明け渡す必要はないということになります。

では、この①及び②の要件が認められ、抵当権者による明け渡し請求が認められたとして、抵当権者は損害賠償請求できるでしょうか。この点につき、平成17年判決は、「抵当権者は、抵当不動産に対する第三者の占有により賃料相当の損害を被るものではない」としていますので、抵当不動産明渡時までの賃料相当額の損害賠償請求をすることはできません。そうすると抵当権者とすれば、せっかく抵当不動産の明け渡しを受けたとしても、損害賠償請求はできず、しかも抵当不動産を維持管理しなくてはならないので、かえって負担になってしまいます。これに対し、売却のための保全処分(民事執行法第188条、同法第55条1項)を利用すれば、判決のよらず簡易な手続で済む上、執行官保管の命令を受ければ抵当権者で抵当不動産を管理する必要はありません。

そこで、冒頭の事例では、ビルに抵当権を設定した金融機関とすれば、ビルの明け渡しを請求するのではなく、売却のための保全処分を申し立てた方が得策と言えます。

このように、抵当権がついた不動産の事例においては、様々な事情を考慮しなくてはならず、専門的な判断も必要となりますので、冒頭の事例のようなケースでお悩みの方は、是非一度、当弁護士事務所までご相談ください。